SGの優勝戦ピットでは、「やけに良く見える選手」が1人か2人はいるものだが、今日のファイナルに関していえば、6人が6人ともやけに良く見えたのだから困ったものだった。
勝った瓜生正義に関していえば、とにかく「危なげない1号艇」の選手として、ほとんど普段着通りの印象で作業を続けていた。
その印象は正しかったのだと思う。レース後の共同会見でも……、
「(ファイナル1号艇でも)普通な感じでした。少しは緊張したんですけど、思ったよりリラックスできていました」
「優勝できた、という感じはありますが、やっと、という感じはないですね」
と話していた。
ただし、周囲の選手やファンからすれば、待ちに待ったグランプリ優勝だともいえる。
瓜生がレースから引き上げてきたときは、ピットに喜びの顔があふれていた。岡崎恭裕は両手を高く上げて祝福していたし、多くの選手が拍手で出迎えた。
「おめでとうございます!」
「お疲れ様でした!」
グランプリ優勝を決めた直後にかけられる言葉が「お疲れ様でした!」だというのも、普通であれば違和感がある。福岡支部には若い選手が多かったこともあるが、とにかく慕われているリーダーだからこそ、こんな言葉がかけられるのだろう。長崎支部の下條雄太郎もそこに混じって祝福していたのだから、福岡支部のリーダーというより九州のリーダーになっている。
そんなことを思っていると、「ボウズ、おめでとう」という声が聞こえてきた。
えっ!?と思って声がする方向を見てみると上瀧和則選手会長だった。上瀧会長にしてみれば、瓜生がいくらグランプリ覇者になっても、かわいい弟分のままであるわけだ。上瀧にそんな声をかけられた瓜生も本当に嬉しそうにしていた。
他の5人についても書き出したらキリがない。
予想通りのことだったとはいえ、一日、誰よりもペラを叩き続けた辻栄蔵。
試運転を中心にして辻に負けないほど一日ずっと調整を続け、レース後にはものすごく悔しそうな顔をしていた石野貴之。
見た目には驚くほどリラックスして一日を過ごしていた桐生順平。レース後には、その表情を見ただけでも得るものが大きかったことがわかり、頼もしかった。
そんな中でもとくに痺れたのは松井繁と菊地孝平だ。
松井は早い時間帯には、何かの憑き物が落ちたかのようにすっきりしている顔をしていたが、レースが近づくにつれて次第に集中していくのが表情でわかった。張りつめているわけではなく、静かな緊張感だ。とくにレースの1時間ほど前にはそれを強く感じた。
松井は昨日のレース後、「1年間の予選が終わったね」と口にしたそうだが、松井の照準は、常にここにある。松井はまさにこの1レースのために24時間×365日、8760時間を過ごしているといえるのだろう。
そしてあの進入だ。
インまであるかというほどの思い切りの良さで動いて2コースに入ったのだ。スタートを行ききれず、1周2マークでキャビったために結果は6着だったが、進入で動いたときには地鳴りが起きたようにスタンドがどよめいた。
進入で動いた選手がいたからといって必ずしもレースが躍動するとは限らないが、この瞬間、たしかにこのグランプリには魂が吹き込まれている。それをしてくれた松井はとことん称えていいはずだ。
松井自身、自分の役割がそれだけで終わっていいものだと思っているはずはないが、レース後にはずいぶん晴れやかな顔になっていた。何もしないで終わるよりは、やることをやれた分だけ納得できたのだろう。盟友・服部幸男も、レース後すぐに松井のもとに行き、笑顔で声をかけていた。
菊地に関しては、レース後の凍りついたような表情が忘れられない。
すべての感情を奪われたような引きつった顔になっていて、少し時間が経ったあとにはうっすら涙を滲ませているようにも見えていた。
2号艇3コースからのレースで3着。それでこれだけの顔をしていたのはどうしてかといえば……、勝つ気でいたからだとしか考えられない。
勝つことしか考えていなかったからだ。
レースに臨む誰もが勝ちを求めてレースをするには違いないが、ここまで勝つことだけを考えてレースに臨む選手はそんなにいないのではないか。
今年のグランプリは終わったが、菊地の戦いは終わらない。これから菊地は松井のようにグランプリファイナルに照準を絞って1年間、8760時間を過ごしていくのではないだろうか。今日の12Rが終わった瞬間に菊地はそれを自分に義務付けたはずである。
菊地に限ったことではない。あと数日後にはまた、すべてがリセットされた戦いが始まる。今からもう、来年12月24日の16時35分が待ち遠しい。そう思っているのは僕だけではないだろう。
(PHOTO/池上一摩 TEXT/内池)