BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――大明暗

 スタート判定中の文字が対岸のビジョンに点滅し、不穏な空気がピットに充満した。やがて、返還①の文字が浮かび上がる。
 實森美祐、痛恨の勇み足。
 レース直前の實森は、たしかに緊張しているようには見えたが、それが勝負勘を狂わせるようなものとは見えなかった。足取りもしっかりしていたし、ピリピリはしていても、それがレースに影響するとはまったく思っていなかった。
 しかし、こういった結果が導かれることもある。

 真っ先にピットに戻ってくる實森を出迎えに、師匠の角ひとみがリフトへと向かった。その足取りは重く、表情も沈痛だった。リフトに辿り着く直前、おそらく實森の姿が角の視界に入ったはずだ。角はそっとうつむいて、リフトへの足を早めた。

 ちょうど角の進路とクロスするように、落合直子が係留所への渡り橋を駆け降りていった。やがて今井美亜や、池田紫乃と池田浩美も係留所で合流する。おそらく實森がリフトにいる間は遠慮して拍手程度だった彼女たちも、2周目、3周目と周回を重ねるうちに、歓声をあげ、飛び跳ねて、また歓声をあげる。やったやった! やったよーっ!

 このメンバーがいかに、香川素子を慕っているかが伝わってくるシーンだ。戦線を離脱した實森に代わって、先頭に立ったのが4カドを選択し、差した香川だ。45歳にして、ついに届いた女王の座。というか、香川もマスターズ世代だったのか! クイーンズクライマックスにも出場し、レディースチャンピオンも2度優出と、女子戦線の一線を張ってきた。一昨年にはSGオールスターにも出場し、相当に手強いメンバーを相手に水神祭も飾っている。その実力者ぶりは、誰もが認めるところだろう。だが、これまで大きなタイトルには無縁だった。そんな香川が、ついに手にしたビッグタイトルだ。香川の歩んできた道のりや、その努力を間近で見てきた仲間たちは、たとえ恵まれであっても頂点に立った香川に最大限の敬意と祝福を送って当たり前だ。

 香川自身は、それほど喜びを弾けさせるようなタイプではない。だから、ピットに戻ってくると落合が抱き着き、今井が抱き着き、池田浩美が抱き着き、池田紫乃がボディーにパンチの連打(笑)。やっぱり仲間たちがはしゃいでいて、香川は目を細めてひたすらニコニコと笑っていたのだった。その後も地元の香川勢や、残っていた選手たち、また敗れた選手たちも香川に祝福の声を送り、香川はやっぱりニコニコ。そのスマイルは、とことん深くて、とことんコクのある、実に麗しい表情であった。

 そして、水神祭! やっぱりはしゃいでいたのは、名前をあげた面々だ。はい、言うまでもなくみな、落ちました(笑)。カナヅチの今井はカポックを着てドボン。池田浩美は自ら何度もダイブ。あ、池田紫乃も2度3度ダイブ。で、香川は自ら飛び込むわけではないのに、2度3度落とされて「油断してたぁっ!」と嬉しそうに嬌声をあげていたのだった。香川はニコニコ、仲間が大歓喜。それが香川素子のレディースチャンピオン優勝だったのだ!

 そして實森。競技本部に呼ばれたあと、なかなか姿をあらわさず、實森を気遣った角と海野がモーター返納をかなりの部分ヘルプしていた。合流して返納を終えると、角が實森の腰を抱えて、小走りで控室へと消えていっている。まるで、気持ちを察してほしいと角がガードするかのようにも見えたシーン。当然だが、實森が追った心の傷は深いもののはずだ。
 着替えを終えて帰る際、会う人会う人に、實森は頭を下げていた。そんな實森を気遣うように、頭を撫でたのは平高奈菜。折れずに頑張りなよ。言葉をかけていたわけではないが、そんな心の声が聞こえてきた。そう、まだ25歳の實森には今後いくらでもチャンスは来るだろう。今日という日を大きな経験として刻んで、また前向きに走っていってほしい。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)