8Rで寺田祥は4着。足うんぬんよりも、1マークで丸岡正典ともつれる格好になってしまったのが痛かった。お互い不可抗力とはいえ、こういう勝負の綾もあるのがレースである。もっとも、7Rで磯部誠が自力で予選トップ通過を決めていたので、勝ったとしても準優1号艇が手に入った、というだけにすぎなかったのも確か。ならば、割り切って準優にベストを尽くすしかないだろう。
などということは当然、寺田本人もわかっているのであって、レース後は整備室でさらに整備を重ねていた。すでに目は明日へと向いているのだ。言うまでもないことだが、ボートレースは予選トップ通過を争う競技ではない。そうなれば有利というだけであって、何号艇だろうと優勝すればいいわけだ。寺田が目指すのはもちろん地元SG制覇。予選の結果うんぬんはすでに過去のこととして、寺田は明日以降の戦いを見据える。
11Rの平本真之は痛恨の一語。暫定2位につけていて、寺田同様にトップの目はなかったわけだが、それでもひとつでも上の順位をと考えれば、6着大敗はまさに激痛であろう。エンジン吊りの間も憔悴した雰囲気で、控室へと戻るは足取りもまるで鉄製の大きな足かせをつけているかのようにあまりに重い。レース用の目出しマスクをとらなかったので、目元しか表情は見えなかったのだが、眉間にシワが寄っているのがはっきりとわかった。ゆっくりと温度計を確かめに行って、溜息ひとつ。2コースからの差しがずるり滑った要因のひとつが気温や湿度や気圧にペラを合わせられなかったのだとしたら、やはり確認せずにはおれないだろう。数秒見入ったのち、手にしていたアームカバーを上から下へ思い切り振りつけた。やり場のない怒りを叩きつけるかのようなそのアクションに、平本の心中がすべてあらわれていた。実はそれでもその時点では得点率3位に留まってはいたのだが(12Rの結果を受けて3位確定)、レースの(おそらくは仕上げも)失敗の悔しさを軽減するものではなかっただろう。
それにしても、予選トップ通過を決めた磯部誠の表情の明るいこと! 昨年のオールスターは暫定1位で他選手の結果待ちという状況だったが、今回は自力でケリをつけてみせた。しかも5コースまくり差しというのだから、天晴れである。当然、その後は報道陣に次々と声を掛けられており、それらに晴れやかな表情で応えていたのだった。昨年オールスターでのトップ通過に対しては、「流れとツキだけだよ」と言っていたのを思い出す。浮足立っていたとは言わないが、初のSGトップに緊張もあっただろう。だが、もう経験済みとなれば、しかも昨年オールスターでは準優敗退の悔恨を味わっているだけに、もう心配はないはずだ。ついに頂点に手が届くチャンスが巡ってきたと言っていいだろう。
9Rを逃げた羽野直也は、その磯部に声をかけられて愉快そうな笑顔を見せていた。。羽野は1着条件の勝負駆けで、堂々とクリアした。出迎えた原田幸哉や篠崎仁志に声をかけられても一瞬だけ頬が緩む程度だったのだが、磯部からの祝福には大きく相好を崩している。磯部、何を言ったんだろう(笑)。今節の羽野は評判機を引きながらも、ここまではどうにも不完全燃焼。今日はまさかのピン勝負に追い込まれていた。だから逃げたことには安堵が強かったはずで、それだけに磯部に笑わせてもらって心も晴れたことだろう。
11R逃げ切りの桐生順平も勝負駆け成功。予選最後の2走を連勝で、前半のもたつきを巻き返したことになる。まあ、準優行きを決めただけではしゃぐ桐生ではない。同じレースを戦った同期の宮地元輝と右手を掲げ合ったときも、クールなたたずまいであった。
一方の宮地は、勝負駆け失敗。レース前の時点で得点率は6・00だったのだが、上位着順回数の差で19位だった。おそらく宮地はその状況をある程度把握していたと思われる。2マーク、先頭まで狙っているかのような2番手先マイは(桐生が勝てば、さらに自身の順位は下がる)、はっきりと必要着順である2着を獲りにいったもののように見えたのだ。そして、3着であがってきたピットで、宮地ははっきりと顔をしかめてみせた。力弱いとぼとぼ歩きで控室へと戻る道すがら、何度も眉間にシワを寄せては肩を落としていたのである。
それにしても、この6・00をめぐるボーダーの攻防が熾烈を極めた。8Rで2着条件の勝負駆けをクリアしたはずの大上卓人が、11Rの結果を受けて19位まで落ちてしまっていたのだ(宮地は20位に)。12Rの結果次第では再浮上の可能性はあったが、さらに自身より上の6・00がこの12Rでは2人増えて、浮上ならず。最終的に14位タイの19位次点だから、笑えない。12R終了後、大上は桐生に「ダメでした」と話しかけた。すると桐生は目を丸くして「ええっ!」と言って絶句した。8R2着の時点で大上の予選突破を確信していたのだろう。もしかしたら祝福の言葉もかけていたかもしれない。力ない笑みを桐生に向けた大上だが、落胆していたのは明らかだった。
最終的に18位は、11Rで宮地との3番手争いに競り負けていた魚谷智之。宮地に競り勝っていたらその時点で準優行きは余裕で決まっていたから、そのレース後からの数10分は肝を冷やす時間帯だったことだろう。11Rのレース後も、また12R後に稲田浩二のモーターを整備室へ運ぶ際にも、実に淡々としたものではあったが、ホッとする思いはあったかも。ベテランの18位からの下剋上があるかどうか、おおいに注目しよう。SG初優勝の06年ダービーは、18位ではなかったけれども準優6号艇1着からのものだったぞ。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)