展示から戻ってきた峰竜太は、やはりまっすぐ前を向き、神妙な表情で、静かなたたずまいを見せていた。前を向き、と書いたが、実際に何かに焦点を合わせていたわけではあるまい。もしかしたら優勝戦のレースぶり、戦略を頭に描いていたかもしれない。ピットアウトからをイメージしていたかもしれない。胸の内に闘志を宿したかもしれない。あるいは、実は頭の中は真っ白だったかもしれない。ようするに、峰のなかに余計な何かが介在する余地はまったくなかった、そういう姿に見えた。
間違いなく緊張はしていた。峰竜太が優勝戦を戦う姿を何度も見てきて、今日もまた緊張に包まれているのは間違いなかった、そういう確信はある。だが、やはり何かがこれまでとは違っているように見えた。言葉にするのはなかなか難しいのだが、ひとつ言えるのは、その緊張に苦しんでいるようには見えなかった。喘いでいるようには見えなかった。峰が「自分は強くなったと思えた」と語ったのはレース後の会見だったり表彰式である。僕はそれを聞く前に、同じようなことを感じていたのだ。実際に「峰竜太、強くなったなあ」と言葉にして思ったわけではなかったけれども、たぶんそういうニュアンスのことを感じていたというわけだ。そんな峰を見た瞬間、優勝を確信した……なんてことを書いたら収まりはいいんだろうけど、そんなことはまったくなく(笑)、ただかつての峰に時にあったポカのようなものはもう起こりえないんだろうな、とは感じていたのであった。
まさに同時に、ということになるのだが、「まあ、泣くよね。勝ったら」とも思った。これには確信があった(笑)。なぜ峰がそうした境地に至ったのか。それを考えれば、1年10カ月のブランクは無関係ではあるまい。書き始めればキリがないほど、峰竜太という選手には紆余曲折があった。ありすぎた。現在の圧倒的な強さを思えば意外ということになるのかもしれないが、この男は実に多くの遠回りをしてきた。そんななかで、この1年10カ月はかなり大きなものだったはずだ。それを乗り越えてSGの舞台に戻ってきて、そこで自分が強くなったということを実感するなら、さまざまな思いが猛烈な勢いで去来するに決まっているのだ。そもそも、この男の泣き虫王子っぷりはもはや説明する必要がないほどである。
というわけで、凱旋した峰はやはり涙にくれていた。出迎えた宮地元輝や山田康二が笑っていたくらいだ。勝利者インタビューの冒頭、峰はこみ上げるものに耐えながら、言葉を告げられずにいた。それは、ある意味で号泣する姿だった。ただし、これまで何度も見せてきた号泣とは、少し趣きが違っていた。激しい泣き顔ではなく、むしろ感情を押さえ込もうとするかのような、そんな泣きっぷり。ともかく、まさに万感こもる涙を峰は流していた。それは感動的というよりは、むしろ感慨深いもののように見えていた。
その後の峰は、どちらかというと落ち着いているようにさえ見えた。表彰式へと向かう姿。記者会見や表彰式でのふるまい。つまり、峰はもちろんSG復帰優勝を狙って蒲郡に乗り込みながらも、そこをゴールとは考えていない、ということではないのか。
僕はむしろ思う。ここで優勝したことで峰はやっと、本当に、SGに戻ってきたのだ。前検日や初日ドリーム戦ではない。この優勝戦、いや、1着でゴールして優勝を手にした優勝戦で、峰は真にSGに戻ってきた。おめでとう。そして、おかえり。今日の峰にかけるべき言葉は、きっとそれだ。
最後に吉田裕平の健闘にも拍手を! レース後、軽く首を傾げながら悔しそうに顔を歪める様子があった。SG初出場、初優出でそんな表情を自然に出せるとは素晴らしい! 峰とは違った意味の緊張はあっただろうが、そこに溺れることなく全力で戦った証拠だ。裕平にはこう言いたい。お疲れ様。そして、最高峰の世界にようこそ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)