昨日から気づいてはいたのだが、
横西奏恵が髪の毛を後ろで束ねている。
奏恵ちゃんのこと髪型、たぶん初めて見たはずだ。
というわけで、今朝直撃してみたのだが、
「なんでそんなこと聞くのよ?」と怪訝な顔をされてしまった。
「暑いし、邪魔だからやってるだけ」。あ、そうですか。
でもお似合いですよ、と言うと、
ようやくちょっと笑顔になって「どうも」。
う~む、何か考え事でもしているときに
余計なこと聞いちゃったんでしょうか。
ピットでの選手は、常に思索をめぐらせているもの。
レースでの戦略だったり、調整の方向性だったり、
ただ歩いているように見えても脳みそを
フル回転させていたりするわけだ。
どうせ聞くなら、今日のレースが終わってからにすれば
よかったかもしれないな。
重野哲之は、ふだんは実に優しい笑顔を見せる男だ。
3年前にインタビューした際には、
こちらが恐縮するほど礼儀正しく、笑顔を絶やすことがなかった。
レース場入りのときや、最終日の帰郷時などは、
同様の表情を向けてくれる。もちろん、エンジン吊りの際など、
仲間とともにいるときなどにはにこやかに笑っている。好漢なのだ。
しかし、今朝の重野は鬼だった。眉間にシワを寄せ、
視線がギュギュッと鋭くなり、威圧感さえ漂わせている。
これは、レース前によく見せる表情だ。
今日の重野は10R1回乗り。レースまで時間がある。
ならば、それこそ脳みそフル回転状態。
おそらく周囲の景色はほとんど意識から抜けているだろう。
これも、開催中にはよく目にする重野である。
本当は声をかけるのがはばかられる状態なのだが、
もろすれ違ったら挨拶くらいはするのが礼儀。
おはようございますと言うと、重野は一瞬通り過ぎて、
声のほうを一瞥し、こちらに気づいて「あぁ」と会釈を返してきた。
明らかに至近距離にいたこちらの存在に気づいていなかったのだ。
やっぱり挨拶であっても声かけないほうがよかったかな。
すみませんでした!
こういう選手には、特に朝には
何人にも出会うことになるものである。
誰もがまだレースを控えていて、
そのための準備を進めているのだから当然だろう。
かつてBOATBoyで連載をしてくれていた平石和男は、
その縁もあって、ピットでも常に柔らかに接してくれる。
応援ヨロシク!ばりに右手をあげてくれることもある。
だが、今日は3R出走とレースが近づいていたこともあって、
やはり表情は硬く、こちらにも一瞥と会釈をする程度。
心優しきへーちゃんも、レースが近づけば
戦士になるというわけである。
一昨日、BOATBoy8月号の巻頭特集で、
井口佳典にインタビューを行なった。
取材は実に和やかに行なわれ、
写真撮影時には冗談を言い合ったりもした。
井口とはかつてトークショーを行なったこともあるし、
ピットで会えば笑顔を向けてくれて、
こちらの質問にも快く応えてくれる。
今日、最初に顔を合わせたのは、
井口が操縦席に乗り込んでキャブレターの点検調整を
しているときだった。作業に集中している井口は、
しかしこちらに気づいたのだろう、視線を向けてきた。
挨拶は後にしてそのまま通り過ぎようかとも思っていたのだが、
目が合えばそうはいかない。ペコリと頭を下げると、
井口はキャブレターに向けていた真剣な目つきのままでペコリ。
それはたしかに戦士の顔だった。
戦いは、水面だけにあるのではない。
陸でも選手たちは基本、戦っているのだ。
朝のピットというのは、そうした素敵な戦士の表情を
たくさん見られる時間だったりするわけである。
あ、そうそう。戦士の表情はもちろん、
一人でいるようなときに見せるものであって、
選手同士の会話などには笑顔満載だ。
足合わせをしていた飯山泰と峰竜太は、
陸に上がるとさっそく情報交換。
「出足いいね~」「はい、でも伸びは僕のほうがやられてましたね」
そう言葉を交わし合う飯山も峰も、もちろん笑顔だ。
峰は飯山と別れたあと、係留所が隣だった濱野谷憲吾に
「よく直したね~」と整備手腕をほめられて、やっぱりニコニコ。
濱野谷も優しげに後輩に微笑みを向けていた。
そうした笑顔の応酬も実に魅力的ですね。
(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)