その場にいた人たちの声がんぐぐっとくぐもる。
烏野賢太と川﨑智幸もいて、ふーっと溜め息をついていた。
川北浩貴が流れて差された瞬間。
1号艇で連勝が途切れるなんて、こんなこともあるのか……。
やがて皆の顔は苦笑いになっていった。
どの顔にも、5連勝見たかった、と書いてあった。
川北自身も、もちろん苦笑いである。
無傷で1号艇を迎えてどんな心境だっただろうか。
スタートで思い切り放って、伸びられて焦って、
1マークはハンドルが入らなかった、というのが真相であるらしい。
放った? コンマ18ですよ、スタートタイミング。
やはり多少意識はしていたか。そして少しカタくなったか。
敗れてもなお、報道陣に取り囲まれる川北は、
やはり今節の主役である。しかし、この敗戦がどう出るか。
その表情は、肩の荷が下りたようにも、
痛恨の敗戦に動揺しているようにも、
どちらにも受け取れるものだったのだが。
で、エンジン吊りを終えた川北に
真っ先に駆けつけたのは、山崎智也。
川北の無念をもっとも身近に感じていたのは、
やっぱり智也なのであった。
そういえば、川北の連勝を止めたのもまた、同期の深川真二である。
陸ではいたわり合い、水面では真っ向勝負。
これがこの世界の厳しさでもあり、美しさだ。
深川は、1着という結果にも相好を崩す様子はなかったが、
予選突破に望みをつなぐ勝利だったのだから、
安堵の思いはあったことだろう。
さてさて、後半はとにかく川北に注目が集まる
ピットとなっていたわけだが、天邪鬼の僕の目は、
レースの間の水面に向かっていたのだった。
係留所に、やけにピンクの旗が多かったのだ。
ピンクの旗とは、レースを終えたあとに試運転を行なう選手がつける
艇旗。レース後の試運転はそりゃ珍しいことでもなんでもないが、
SGで係留所にこれだけピンクがずらり揃うのはあまり記憶にはない。
何しろ、吉田俊彦のボートがピンクの旗をつけて
係留所にあるのである。吉田は今日、1R1回乗り。
6コースから1着を奪っている。それでも、遅い時間帯にピンクがついているということは、もちろん機力への満足がほとんどない、ということだ。ペラを叩き、試運転をし、またペラを叩いて、試運転へ。
今日、もっとも長く水に浸かっていたのは吉田のボートだろうし、
もっとも長く動き回ったのも吉田であろう。
同じく吉田、こちらは拡郎のボートも係留所にあった。
拡郎は2R1回乗り。こちらは1号艇ながら6着と大敗してしまっている。ゴンロクばかりが並ぶ成績で、
パワーに納得しているはずはないだろう。
だが、拡郎は勝負を投げていない。
少しでもパワーを上向かせるために、
今日一日、懸命に動いたのだ。
10月25日、「吉田」の労働量はハンパじゃなかったというわけだな。
湯川浩司は、いったんは陸に上げていたボートを、
10R発売中に再度着水している。10R終了後には
帰宿バスの1便が出発する。そちらに乗るなら、
身の回りの片づけをするべき時間に、湯川はさらに走りに行ったのだ。
11R発売中には、いち早くボートに乗り込んで、
試運転可能の緑ランプがついた瞬間に、水面に飛び出している。
その頃、バスはレース場を後にしていたが、
湯川はまるで見向きもせずに、走りまくったのだ。
試運転をしていたわけではないが、菊地孝平の姿も印象的だった。
屋外ペラ調整所に、まるで根が生えたかのように、
へばりついていたのだ。もちろん菊地も1便バスに乗ろうという気配すらない。一か所に腰を下ろし、一心不乱にペラを叩き、
終盤の時間帯をそれだけに費やしている。
ここまでまったく振るわない成績だが、
菊地もまた戦いを捨ててはいないのだ。屋外調整所だというのに、
Tシャツ一枚で過ごしていたが、ペラを叩く手に力が入って、
少しも寒さは感じていなかったに違いない。
で、試運転もペラ叩きもしておらず、
ただし準優当確の男が整備室にこもっていた。
篠崎元志だ。 1着2着と上々の成績で3日目を乗り切り、
その直後に整備室に飛び込む。本体をバラしており、
ピストンをてにしている姿が目に入った。2日目、ピストンリング2本。
3日目前半、ピストン1本。3日目後半、ピストン1本。
3日目の整備はおそらく元に戻したのだろうが、
昨日から篠崎はとことん本体を整備している。
予選突破はほぼ確実という成績だとはいえ、
機力にはまるで満足していないのだ。勝つためには、これではいかん。パワーアップしなければ、優勝には届かない。
篠崎は本気で、ソレを狙っているのだ。福岡勢が苦戦する中、
明日以降、地元選手でもっとも強い気迫で戦うのは、
この凛々しい男に違いない。
(PHOTO/中尾茂幸=拡郎、菊地、篠崎 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)