BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――勝負の世界の明暗

 津のピットは実況が聞こえるので、10R、スリット過ぎのアナウンサーの悲鳴がハッキリと耳に入った。すぐにモニターには「スタート判定中」の文字が映し出される。スリット隊形を考えれば、はみ出した可能性があるのはおそらく1コース。やがて、「返還①」があらわれて、西橋奈未のフライングが明らかとなった。
 痛恨のFに、真っ先に戻ってきた西橋は肩を落とす。周囲も西橋を気遣うかのように、黙々とエンジン吊りを進めた。控室へと戻る西橋は完全に顔色をなくしており、事の重大さに暗鬱としているのだった。

 西橋は先頭を走っていたので、決まり手は恵まれ。こうしたときの勝者は複雑な表情を浮かべるものなのだが、このときばかりは違った。というより、仲間たちが沸き立ったのだ。勝ったのは今井裕梨。おめでとう、GⅠ初勝利だ!
 なにしろ、このGⅠ初勝利は13年越しなのである。レディースチャンピオン初出場は2010年。翌11年も出場しており、今回はそれ以来の出場だ。当時は3月開催だったから、そう、夏のレディースチャンピオンに出るのは今回が初めて。その2回では1着を獲れず、その後に関東地区選にも出場したが、ここでも白星はなし。そして今日、4節目のGⅠ初日についに、ついに! 水神祭をあげられたのである。そりゃあ仲間たちも大喜びなのが当然である。
 だから今井も、仲間たちに祝福されて素直に笑顔を見せていた。恵まれというかもしれないが、1マークでしっかり攻めて2番手に取りついたからこそ転がり込んできた勝利である。限りなく自力に近い、と言っておきたい。本当におめでとう!

 この10Rでは守屋美穂が3着。2番手を走る松尾夏海を猛追したが、届かなかった。今日は4着3着と、やや冴えない初日となってしまった。足的にも、そこまで光るものはあまり見えなかったように思う。だからだろう、守屋は鬱々とした表情で控室へと戻る。西橋のそれとはやや性質は異なるだろうが、暗鬱さという意味ではよく似ていた。

 そこに、競った相手である松尾が声をかける。それも笑顔で。競り合いについて、守屋と振り返り合ったわけなのだが、守屋は松尾に気遣ったのだろう、さっと笑みを浮かべている。そのあたかも本音をしまい込んだかのような仕草が、かえって痛々しさをあらわしていた。もちろんお互いに他意はないわけだが、勝負の世界では明暗が分かれてしまうのは致し方ないことだ。

 それとは反対のシーンだったのが9R。勝ったのは遠藤エミで、仲間に言葉をかけられて軽く笑みを浮かべはしたものの、その後は粛々と作業を進め、淡々と控室へと戻っていっている。

 その遠藤に後ろから声をかけたのが、遠藤に差されてしまった西村美智子だ。守屋と松尾との違いは、敗者のほうが勝者に声をかけたという点。しかし西村はサバサバと、おそらく1マークの話を向けて、それで遠藤の表情が一瞬で柔らかくなったのである。西村としては、差された反省点を遠藤と話すことで処理しておきたかったのだろうと思われるが、戦いはここで終わりではないから、敗れても前を向こうとするのもまたレーサーたちである。

 この9Rで3着だったのは宇野弥生。津のピットに設置されているボートリフトは3艇しか乗ることができず、まず1~3着が先に陸に上がり、その間に4~6着は艇番や艇旗を外したりとエンジン吊りの準備を係留所で行ない、その後に入れ替わりでリフトに乗っかる。だから、1~3着の選手が先に控室へと戻るのが通常だ。ところが宇野は、エンジン吊りが終わってもリフトの前で4~6着の選手を待った。4~6着の3人が陸に上がると、川野芽唯と西岡成美のもとに駆け寄って、頭を下げたのだった。おそらくは1周2マーク、西岡に内から接触し、そのあおりを川野が受けた場面だと思われる。この3人のなかでは宇野がいちばん先輩だが、こうした場面ではそれは関係ないのもまたボートレーサー。禍根なく、明日からの戦いへと向かっていく。

 さてさて、ピットの温度計が35.6℃を示すという猛暑の津。日が当たる場所はさらにさらに温度は高いと思われるわけだが、そんななかでも多くのレーサーが最後まで試運転に出ているのだった。ざっと名前をあげると五反田忍、山下友貴、中村かなえ、樋口由加里、向井美鈴、清埜翔子。いずれも前半レースを走っていて、なかでも中村は1R1回乗りだったから、その後も延々と調整をし、水面へと飛び出ていったわけである。暑いなか、ご苦労様でした! みなさん、ちゃんと合間に水分と塩分を摂取してくださいね。明日からも暑いでしょうが、頑張りましょう!(PHOTO/中尾茂幸 黒須田 TEXT/黒須田)