BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――笑顔と悔恨

●10R

 締切5分前くらいだっただろうか。ピットを不穏な影が通り過ぎた。それはふたつの人影。かたや作業着にヘルメット。かたや作業着にサングラス。あたりをはばかるように小走りで駆けると、素早く整備室へと駆け込んだ。覗き込むと、「1000win」のうちわや、「今日の主役」と書かれたタスキも見える。こ、これは……。
 岩崎工務店と松本工務店の社長が、平山智加の通算1000勝を祝福しようと仕込んでいる!(笑)岩崎芳美は四国地区同士。松本晶恵は98期同士。999勝で準優に臨んだ平山を、ピットに帰還するやボートリフトで称えようと、平山に気づかれないようサプライズで整備室待機していたというわけである。

 そして、平山は逃げた! そのふたりに西岡建設社長(?)も加わって、作業服姿の3人がリフトでキャッキャと飛び跳ねる。逃げて戻ってきた平山の視界にも入ったのだろう、リフトのはるか先から平山は両手をあげて応え、それを見た工務店トリオはさらに大はしゃぎとなるのだった。
 そんな3人に祝福されたら、平山はもう笑顔しかないっしょ! 逃げ切った選手のレース後は時に淡々としたものとなったりするのだが、そんな空気になるわけがない。なにしろ、3人は作業着のままでエンジン吊り作業をし、その合間にも平山を称えるのだ。そんな空気もあってか、次々と他支部他地区の選手たちも平山に祝福の言葉をかけていく。優出を決める逃げ切りが、通算1000勝となる逃げ切りとなったことで、準優においては稀に見るほどの祝祭空間がそこに出来上がっていたのだった。なお、岩崎と西岡はその格好のまま、6着に敗れてしまった山川美由紀のエンジン吊りにも参加したのだった。山川さん、苦笑い(笑)。

 そのノリのなか、2着の樋口由加里もまた笑顔笑顔! もちろんGⅠ初優出の喜びもありながら、隣で平山たちがキャピキャピとエンジン吊りをやっているのだから、つられて笑顔になるのも当然。魚谷香織、向井美鈴との大激戦を制した充実感よりも、まずはひたすら笑顔が浮かんでいた樋口である。

 そんな空気のなかだから、他の敗者もおおむね明るかったのだが、その空気を振り払うように、神妙な顔つきで魚谷香織が誰よりも早くカポック脱ぎ場へと速足で向かったのが印象的だった。優出が見える展開のなかで、しかし競り負けた悔しさは、あの陽気な雰囲気の中でも消えることはなかっただろう。その表情はやはりせつなさが浮かんでおり、勝負の世界の非情さを物語ってもいた。まあ、その後の平山の水神祭には笑顔で参加してましたけどね(笑)。

●11R

 10Rの大賑わいに比べれば、レース後はかなり淡々としていたと言っていい。というか、10R終了後が異例なのであって、得点率上位の2人がワンツーを順当に決めたレース後は静かな空気になるのもまあ当然といったところか。
 それでも、差し切った遠藤エミはエンジン吊りでヘルプした仲間に声をかけられると、爽快な笑顔を見せている。それも、わりとハッキリとした笑顔で、快勝という手応えか。今日は出足も伸びも力強く、足的な感触もかなり良かったようだ。そのあたりも遠藤の気分をアゲた要因だったかも。

 一方、渡邉優美はカポック脱ぎ場に戻るまでヘルメットを脱ぐことはなかった。まるで悔しさにまみれた表情を隠すかのように、カポック脱ぎ場に入っても柱で顔が隠れるような位置でヘルメットの水分を拭き取っていた。勝っていれば優勝戦は内枠、場合によっては1号艇の可能性もあった。しかし2着で外枠に回る。もちろん、1号艇で敗れた悔しさも大きかっただろう。会見で、渡邉は一貫して「選手の問題」と敗因を述べた。足でもなく、気象条件でもなく、とにかく自分が足りなかったのだと。その様子はどこか不機嫌にも見えたし、それがまた己に対する不機嫌さのように感じられた。もしこの敗戦で自分の足りなさに気づいたというなら、明日の優勝戦はかえって怖い存在になるかもしれない。この敗因を踏まえて、明日は渾身のハンドルを入れるはずだからだ。

●12R

 予選トップの川野芽唯が2着に敗れた。福岡勢が予選上位を占めていたのだが、その2人がともに2着。川野は逃げれば優勝戦も1号艇だっただけに、悔しさは大きいだろう。ピットに上がってきてヘルメットをとると、やはり堅い表情があらわれる。その顔つきのまま対岸のビジョンで1マークを確認すると、悔しさを振り払うようにボート洗浄の輪に加わった。

 そこに藤原菜希が歩み寄って、おそらく1マークについて言葉を交わした。スリットから出ていく雰囲気の藤原にはまくりという選択肢もあったはずだが、差し構え。これが不発に終わり、また川野はまくりを許すまいとして握り、やや流れたことが、差し場を提供する一因にもなった。そのあたりの感想戦ということになるだろうか。藤原もまた、勝ち筋が見えていたはずの敗戦に、悔しそうに顔を歪めている。

 川野を撃破したのは三浦永理。第1回クイーンズクライマックスを思い出させる鮮やかすぎる3コースまくり差しだった。会見では「たまたまですよ」と言う三浦だったが、展開が向いたという点はあったにせよ、あのまくり差しを放つあたりがテクニカルエリーである。それにしても、昨日のピンピンで逆転準優行きを決め、準優でも勝ち切っての3連勝で優出だ。最も流れがいいのは間違いなく三浦だろう。三浦もそれを意識しながら臨む優勝戦。意外や初のレディースチャンピオン優出で、久々に大舞台で輝く姿が見られるか。(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)