「寒いですよねえ」
ピット内のあちらこちらでそんな声が聞かれていた。
僕自身、昨日までの気候に合わせた薄着をしていたため、腕には鳥肌が立っていたくらいだ。気温は18度くらいだったが、昨日までは夏日、真夏日だったのだから、体感的にはかなり寒い。
“ミスター”今村豊などは、寒さを表現するようにポケットに手を突っ込んで、肩をすぼめていた。
楽天イーグルス風のジャンパーを着ていたが、北国の漁場にでもいれば、いかにも絵になりそうな雰囲気だった。
ジャンパーを着た選手、Tシャツ一枚の選手といろいろだったが、たとえば吉田拡郎は、Tシャツ一枚で1人の記者と長く立ち話をしていた。
話が終わったら「寒くないですか?」と聞こうと思っていたが、気が付いたら、SGジャンパーを着ていた。記者との話が終わったあとに控室に戻って着てきたのだろう。
桐生順平なども、長くTシャツ姿で作業をいたが、気がつくとやっぱり、それまでは腰に巻いていたジャンパーを着ていた。
対して深川真二や三井所尊春はいつまでもTシャツだった。佐賀の男は寒さに強いのだろうか!?
8R後だったか。手持無沙汰な感じで歩いている守田俊介を見かけた。何か気分良さげにも見えて、好感が持てた。SGドリーム戦出走を楽しめていたのではないのだろうか。
個人的にはそんな印象を持っていたが、やはり本人も気分は良かったのだろう。
BOATBoy編集長の黒須田に対しては、ニコニコしながら、「雨に濡れたくないから試運転に出れないんですよ~」と話しかけてきたらしい。
とはいえ、展示航走の前のスタート練習には出ていたように、マイペースながらも、やるべきことはしっかりとやる選手だ。さすがは「風雲きもり城」の男である。
……寒い寒いと言っているのも「10年に一度の強さ」と言われる台風が接近しているのだから当たり前で、夕方になるにつれ、その気配は濃厚になっていた。
関東のピークは明け方になるとみられているようだ。それだけにピット内の雰囲気はやはりいつもとは違っていた。
そんな中で気になった一人が峰竜太だ。
峰はフライング休みでチャレンジカップに出られないため、このダービーが賞金王決定戦出場の勝負駆けとなる。
ここまでの賞金額からいえば、ここでは300~500万円程度は賞金を加算しておきたい。それを考えれば、できれば優出、少なくとも準優出→選抜戦と進んでおきたいところである。
それでいながら、初戦は3号艇で6着となってしまった。そのため、1号艇に乗る2走目の11Rは、どうしても負けられないレースになっている。
その気持ちがあらわれていたのだと思う。
少し慌ただしくも見えるくらいに、プロペラ調整→試運転→プロペラ調整というふうに、休みなく作業をしながら午後を過ごしていた。
その11Rを勝ったあとには、さすがに多少はホッとしたようにも見えたものだ。それでも、勝負はこれからであり、明日以降も峰からは目が離せない。
また、賞金王決定戦出場はすでに当確といえる位置にいる井口佳典も、今日は1Rで1号艇3着、8Rで3号艇6着とスタートダッシュにつまづいてしまった。
8R後、急ぎ足で整備室に向かう井口の横には、コメントを取ろうとして記者がついていっていたが、「悪くはないと思っているんですけど」との井口の声が聞こえてきた。
とはいえ、さすがに表情は硬かった。
そのまま整備室へと入っていった井口はすぐにギアケースを外して調整を始め、その後にはプロペラ調整へと作業を移行していた。
どんな状況であっても、やるべきこと、やれることはすべてやる。それが井口だ。
台風が迫る中、選手たちはどんな夜を過ごして、どんな朝を迎えるのか。こういう時だからこそ、普段以上の“一変”はあるはずだ。それがどういうかたちで出るのかが、楽しみである。
(PHOTO/中尾茂幸、TEXT/ワンポイントリリーフ内池)