BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――気遣いの哲学

 終盤の時間帯になると、若手が先輩たちの翌日の艇旗艇番を準備するのが定番の動き。今節は若手といってももちろん全員がベテランなわけだが、各支部の“新兵”たちが先輩たちの旗の色と番号を懸命に覚えて、装着場の角のほうにある置き場に向かうというわけである。兵庫支部でいえば、もちろん山本隆幸がその担当。10R発売中にその仕事を行なうために装着場にあらわれた。

 そこで山本は立ち止まる。あれれ、魚谷さんのボートにはすでに黄色の艇旗と5番の艇番が着いているじゃないか。明日の艇旗艇番なのか、それともまさかエンジン吊りのときに外し忘れた? 実は魚谷智之は10R発売中のかなり早い段階であらわれて、自分の分を装着し終えていたのである。これ、実はSGでも同様であって、魚谷は自分の分は自分でやる、というのを信条にしているようだ。それもまたひとつの哲学。後輩が先輩の分を、というのは麗しい伝統だと思うが、それを潔しとしないというの考え方もあっていい。後輩の分をやらないというのは、気を遣わせまいということなのだろう。

 先輩だろうが後輩だろうが、手の空いた人がやればいい、というのも哲学だろう。魚谷から遅れること数分、寺田千恵がふらふらと装着場にあらわれた。すると、いくつかの艇旗艇番を置き場からとって、岡山支部の選手のボートに付け始めた。今節、岡山支部でいちばん登番が上なのが寺田。立間充宏は旦那といえども後輩であり、平尾崇典はさらに下である。それでも手が空いてるんだから、自分がやればいい、と彼らの分も準備したテラッチ。実は平尾はすでに1便で帰宿しており、立間は後輩といえども旦那だからあまり気も遣わせずに済むということか。これを女子戦でやったら、土屋南とか勝浦真帆あたりの若手たちが気を遣って気を遣って仕方ないだろう。

 そう、やっぱり後輩というのは先輩たちに仕事をさせるわけにはいかない、と考えるのもまたひとつの哲学であり、レーサーたちの伝統のようなものである。10Rのエンジン吊りのこと。九州勢がやや手薄だったのか、吉田一郎のボートの操縦席からクリーナーで水を吸い出すのを、吉田自身が行ない始めた。吉田もまた、自分でできることは自分でやりゃあいい、くらいの感じだったのだと思われるが、それを見つけた田村隆信が、大慌てで駆け付けている。田村は辻栄蔵のエンジン吊りに参加していたのだが、それでも吉田先輩に、しかも走った当人である先輩に、それをさせるわけにいくまいと考えたのだ。吉田からホースをもぎ取ると、吉田のボートの水を丁寧に吸い出す田村。いきなり他地区のエンジン吊り作業に参加するかたちになったわけだ。それが終わると、そのまま辻のボートの水を吸い出して、同地区の先輩の仕事もしっかり完遂。こういう気づきができるかどうかも大事なんでしょうね。

 そうそう、これは前半の話なのだが、2Rには2回乗りの選手が3人いて、それがいずれも近畿地区。吉川昭男、馬袋義則、松井繁だ。ということで、山本隆幸が3人分の次走の艇旗と艇番を準備して、リフト近くにセッティング。その後は喫煙所で一休みしていた。そのとき、古結宏が艇旗艇番置き場に向かい、やはり3人分の艇旗艇番を準備し始めた。兵庫支部においては1期下に山本がいるわけだが、古結とて登番4000番台の新兵であって、今回はその意識も強いのだろう。気づいた仕事はしっかりこなす、という決意でやって来たのに違いないのだ。だが、山本からすれば1期であっても古結は先輩。同じ新兵の枠組みではあっても、古結に仕事させるわけにはいかなかったんでしょうね。喫煙所のなかで古結が動いているのを見つけた山本は慌てて飛び出して、「もうやりました!」と報告。古結は「ああ、ごめんごめん!」と謝っていたのだった。お互いに気遣いをし合っているのですね。

 というわけで、気を遣わずに済む相手といえば、やっぱり同期生。松井繁と服部幸男が長らく立ち話をしている姿を見ると、そこには信頼感が垣間見えるのである。もう何度もこの絡みは見てきたけれども、今でも圧倒されますね。思わず唸ってしまいます。オーラとオーラが重なり合って、とてつもなく巨大に見えるというか。なんか、いいもん見たな、って気になってしまうのであります。

 で、この会話はやはり調整に関する情報交換だったようで、松井はそのとき、本体を割っていたのだった。8Rは3コースから一撃を決めた松井だが、このレースにはセット交換&キャリアボデー交換で臨んでいる。これが当たっての快勝……と思ったら、レース後速攻でまた本体を割ったのだ。明日もまた部品交換でレースに登場するのか、それとも……。明日の動きに注目しないわけにはいかなくなった。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)