平高奈菜に尽きる。
レースはダイジェストに書いたとおりだ。1マークで振り込んで、大きく引き離された6着。つまり、ほとんどレースをせずに、大敗となった。得点状況的にも痛いし、何より大きなミステイク自体がとてつもなく巨大な悔恨である。したがって、レース後の平高の表情は、憮然の一言。つまりは、己を激しく責めるのみ、であった。
着替えを終えた平高は、プロペラ調整所に向かっている。あの振り込みの原因を調整ミスと捉えたか、かなりな勢いで木槌を振り下ろしていた。すでにペラ調整をしている選手は他になく、平高の放つ金属音のみがピットじゅうに響いている。その音が、ちくしょう、ちくしょうと聞こえたのは幻聴だっただろうか。明日への準備であるのは言うまでもないが、そこには確実に平高の心中があらわれているようにも思えた。
いきなり枠番抽選に話は飛ぶ。12R終了後に行なわれた第2戦の枠番抽選だ。運命の一瞬でもあるから、もちろん緊張感も漂うなか、しかし和やかな空気も感じられる抽選会場。そこで、平高のみが異質な雰囲気を発散していた。やはり憮然としたままだったのだ。6着だから、ガラポンを回すのはいちばん最後。前の5人が次々と枠番を決めていく中でも、平高は顔色ひとつ変えはしない。寺田千恵が2戦連続1号艇をゲットして「よしっ!」と笑っても、同期の川野芽唯が緑を出して大笑いしても、最後に残って自分が引くのが黄色とわかっても、実際に黄色を引いても、まるで表情は変わらなかったのだ。
もう一方の組の抽選を待つ間も同様だ。最初に引いた遠藤エミが緑を引いてみなが大ウケしても、平高の組とは反対に白が最後まで残って滝川真由子に“残り福”が回っても、平高は少しも面白くなさそうに押し黙ったまま。最後の最後まで憮然としたまま、会場を後にしたのである。
そんな平高に、僕はひたすら感動していた。正直、ここまで僕はほとんど刺激を受けずに折り返し地点を迎えている。グランプリからそのまま転戦してきたことも大きいだろう。なにしろ昨日まではGⅢである。1億円を争う勝負から、100分の1の賞金の戦いに移動したのである。賞金うんぬんを度外視しても、その戦う舞台の大きさ、重さ、深さは格段に違う。あと、血管切れそうだったBOATBoyの年末進行を終えて福岡入りしたのもデカいな。僕自身がちょっと弛緩している。このピットに刺激を感じなくても仕方ないような状況ではあった。
それでも、やはりあのヒリヒリ感と、ここの空気感はたしかに違う。ハッキリとあそこにあったものがここには不足しているのである。最高峰中の最高峰と比べるのがおかしいし、また決して女子戦を下に見ているというわけではない。しかし、男子以上に駆け引きの見えない進入も含めて、少し物足りなさを感じていたのも事実なのだ。
そんな僕の目を、平高が一気に晴らしてくれた! ここに、徹頭徹尾、勝負師でいられるカッコいい戦士がいたのである。まあ、敗れてそれを知るというのも平高には失礼な話だが、しかし本質は敗れたときにあらわれることもある。平高がとにかく勝つことだけを切望して戦ったこと、だからこの敗戦を明日のバネにすること、さらに言えば、このピットに集った他の女子選手もその腹の底には平高と同じものを棲まわせていたことを、僕は平高に信じさせてもらったのである。ようするに、僕の目を覚まさせてくれたということですな。僕も改めて、背筋が伸びました。
この6着で、優勝争いに関しては平高はビハインドを背負ってしまった。明日も5号艇と不利な枠である。しかし、これが残り2走のトライアルをより濃密なものにしてくれるだろう。そして、他のトライアル組やシリーズ組も触発されるはずだ。12Rは仲良し100期3人組が直接対決だぞ。めっちゃ楽しみだ!
平高ばかりに感動したみたいになっちゃったけど、たとえば12Rを勝った寺田千恵の“勝って兜の……”感も気持ち良かった。ピットに戻ってきたときにはあまり歓喜は感じられなかった寺田だが、この12Rは「RKBラジオ賞」とも銘打たれていたため、直後にピットで表彰が行なわれると、プレゼンターとともにとびきりのテラッチスマイルを見せている。それが、表彰を終えた瞬間に一気に変わった。すーっと緊張感あふれる表情に戻ったのだ。これぞテラッチ。たしかに、1マークでは差されているわけだから、快勝ではない。そこでこの表情を見せられるのだから、この人ももちろん勝負師である。
11Rを勝った遠藤エミも、ピットに戻ってきてまず、首をひねっている。気にかかるところがあったのだろう。同レースで3着に競り負けた三浦永理も、納得のいかない表情を見せた。評判の足をまるで見せられなかった山川美由紀も同様。やはり皆が皆、プライドをもって戦っているのである。
舞台は違えど、これぞ女子版グランプリ。明日もナデシコたちの勝負師魂を見るのが楽しみだ!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)