BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――【グランプリ】逞しき泣き虫王子

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 畠山の優勝戦予想で記されていたように、平本真之はスタート特訓にチルト1度で臨んだようだ。スリットから伸びての一撃をもくろんだわけだ。しかし、これがまったく使えないと、平本はマイナス0・5度に戻している。「あのまま行ったら、絶対コケてた」。平本の走りを間近で見ていた西山貴浩も「平本さん、何しよん!」と心配したそうだ。というわけで、特訓は10R発売中だったから、急ぎプロペラも叩き直し。ということで、平本は毒島誠ばりのギリペラで本番に臨んでいる。それ自体は、満足のいく調整ができたようだ。

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 その平本よりさらにギリペラになったのが新田雄史だ。平本がペラ室を出た後もハンマーを振るい続け、納得のいくまで叩いていたのだ。仲谷颯仁がゲージの片づけを手伝っていたほど。叩き終えて「よしっ」と小さくつぶやいた新田は、顔なじみの記者さんに「優勝してくるわ」と宣言して係留所へ。展示ピットにボートをつけたのは、もちろん最後である。

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 12R直前、西山貴浩の表情がなんとも凛々しくなっていた。今まで西山に「凛々しい」なんて表現、使ったことあったかなー。それくらい、いい顔になっていたのだ。グランプリのファイナルに駒を進めたことが、すでにこの時点で西山を強くしたのではないか。そう思えた。待機室の前で、入念なストレッチを施す西山。その動きひとつひとつも力強く、万全で優勝戦を戦えそうな雰囲気を漂わせた。

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 最も早くカポックと勝負服の装備を調えたのは、松井繁である。まだ西山がストレッチを始めるよりも前に、緑色を身にまとっていた。2年間、この舞台から遠ざかり、50代になって戻ってきて、ファイナルまで進んだ。もちろん、王者の思いはそこでストップするはずがない。枠がどうであろうと、対戦相手がみなはるかに後輩であろうと、本当に戻るべき場所は表彰台の真ん中だとの気合で、そのグリーンの装備を身に着けたはずだ。

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 昨日も書いたが、寺田祥は「今村(豊)さんの分まで」の思いで、この優勝戦に臨んでいる。そりゃあ最後は自分がひたすら勝ちたいという思いが大きくなったに違いないが、それがかなえば今村さんに最高の報告ができる。レース直前の表情は実に気合が感じられるものだったし、強い思いはじんじんとこちらにも伝わってくる雰囲気だった。

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 そうした努力や思いをまとめて粉砕した峰竜太! 2年ぶり2度目のグランプリ制覇を、コンマ01という背筋が寒くなるようなスタートを決めて、もぎ取ってみせた。まさしく完勝! 1マークのうねりが気になって、少々漏らすターンになってしまったようだが、それでも他を寄せ付けない旋回で、1マークでほぼ決着をつけたと言っていいだろう。
 2年前のグランプリ優勝戦直前の峰竜太とは、今日は明らかに違っていた。一言で言って、逞しく見えた。緊張はしているだろうとうかがえたが、そこでうろたえているような様子は微塵も見えなかった。

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 実際は、シリーズ記事で書いたように、先輩が先に優勝していたことのプレッシャーはあった。「負けて帰って、それでも真二さんにおめでとうございますと言うのは違うと思った。だから負けられないと思った」というプレッシャーだ。そして、峰がこのところ常に感じているプレッシャー。それは「自分は期待されている」というものだ。1号艇で1番人気に支持されるというのもその類にはなるだろうが、今や艇界最強とまで謳われるようになった峰には、つまり期待に応えるためにそれにふさわしい走りをしなければならないという重圧を感じながら戦うようになっているのだ。選ばれし者しか感じることのできない境地に、今の峰は至っている。峰自身、その自覚もある。だから、スーパー大舞台で1号艇という立場では絶対に負けられない。そうした強烈な呪縛にも似た感情を抱いて、峰は走るのである。
 それが、もしかしたら峰を逞しく見せる一端なのだろうか。ただただタイトル奪取を願い、しかしかなわず、自分に自信がもてずに悩んだ頃の峰竜太ではない。どんな期待も、あるいは批判にしたって、受けて立とう。そんな決意にも似たハートを持つ者は、陸の上でも強さを発散する。今の峰は、きっとそんな男になったのだろう。

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 で、そんな峰が、やっぱり泣くんだ、これが(笑)。昨日の優出会見では、優勝しても泣かないと断言していたのである。ところが、深川真二と上野真之介が出迎える係留所まで帰ってくると、大きな嗚咽が聞こえてきた。わ、泣いてる。直感して、ピットに戻ってきた峰を見たら、もう号泣である。それを見て、松井繁がめっちゃ笑ってました(笑)。

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 ウィニングランを見た方も、泣きじゃくる峰竜太を目撃したことだろう。写真は、スタンドを通過し切った、ピット目前の様子。ファンの前では涙しながらも顔をあげて手を振っていたが、ファンの姿が見えなくなったら下を向いてさらに号泣。スタンドから歓声をあげて祝福してくれるファンを見て、さらに涙が止まらなくなったんだろうなあ、きっと。

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 実は峰の涙というのは、自分の勝利とか敗北とか、そのこと自体にというよりは、その向こうに見える「人」を思ってのものというのが本質だと僕は思っている。今日も、ピットに戻ってきたら深川先輩が笑顔で出迎えていて、そのことに泣いた。ファンがたくさん自分を祝福してくれて、そのことに泣いた。実際、会見でも「いろんな人たちの顔が浮かんでくるんです。家族とか、仲間とか、僕を支えてくれる人がたくさんいる」と語っている。BOATBoyでインタビューした際、いきなり泣き出したことがあった。GⅠ初優勝となった09年九州地区選の話題になったときのことだ。GⅠ初優勝の感激を思い出したのではない。優勝戦の日、先輩の三井所尊春が本来峰がやらねばならない仕事などを全部受け持って自分をサポートしてくれたことを思い出して、泣き出したのである。峰の涙の奥には、常に自分を支え、育ててくれる人の存在があるのである。
 今日も先頭でゴールしたときに見えた、あるいは脳裏に浮かんだたくさんの人たち。ピットに帰ってきて目に入った深川先輩をはじめとする多くのレース仲間。それが、泣き虫王子を久々に降臨させた。峰にそのつもりはなかったとしても、降臨するに決まっていたのだ。

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 会見が終わり、控室へ戻る峰が、僕の姿を見つけて――ちょっと自慢になりますが――やったーと抱き着いてきた。久々に交わす抱擁である(実は一昨年のグランプリのときもあったのです)。選手との接触をかなり制限されている今節ですが、最後の最後なので許してください(フェイスシールドとマスクもしてました)。おめでとう、祝福するこちらに峰は即座に、力強く言い切った。
「僕、強くなったでしょ」。
 うん、強くなった。逞しくなった。それでも、だ。どんなに強くなっても、逞しくなっても、「泣かない」とか宣言したとしても(笑)、今後も峰竜太は人を思って泣き虫王子になる。次はたぶんオールスター制覇の時だと思います(笑)。(PHOTO/池上一摩 黒須田 TEXT/黒須田)