BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――歴史を作った凛々しき勇者

f:id:boatrace-g-report:20220321222806j:plain

 ボートレースが生まれた地・大村で、歴史が生まれた。
 誰もが祈るように水面を見つめていた。選手仲間だけではない。報道陣も含めた関係者もまた、視線を一点に注いでいたと思う。こんな優勝戦が、これまでにあっただろうか。
 優勝戦の時刻が近づくにつれ、雨脚が強くなっていった。優勝戦の6人がピットに入ったとき、みな雨を避けて屋根の下でファンファーレを待っていた。ピットにも響いたファンファーレ、6名がピットを飛び出す。そのとき、平高奈菜が屋根の下を出て、雨が打ちつける水面際に立った。濡れるのなんて関係ない。その瞬間を、最も近くで目に焼き付けたい!

f:id:boatrace-g-report:20220321222845j:plain

 6名がスリットを過ぎて1マーク。遠藤エミが真っ先にターンマークを回った。後続は、誰も遠藤に届いていない。逃げた! その瞬間、ピットに響いたのは歓声ではなかった。見守っていた選手たちは、関係者たちは、ごくごく自然に手を叩き出したのだ。声もあげずに、ただただ拍手をし続ける。平高も、守屋美穂も、後輩を応援していたはずの長野壮志郎や西山貴浩も、微笑みを浮かべながらひたすらに手を叩き続ける。うぉぉぉっ。やったぁぁぁ。すげえっ。エミーーーッ。そんな声があがるのを想像していたのに、聞こえてくるのはやけに優しい、テンポも早くない、穏やかな拍手のみだった。
 そのとき、ピットを包んでいた空気は、どこまでもどこまでも、厳かだった。歴史が生まれた瞬間を、誰もが敬虔な思いとともに味わっていたのだ。遠藤エミが生み出した歴史が生んだのは熱狂ではなく、聖なる幸福だったのである。

f:id:boatrace-g-report:20220321222925j:plain

 3周2マークを遠藤が先頭で回った瞬間、平高が「エミーッ!」と叫んだ。あと150mで優勝が決まる。そのときようやく、熱狂が沸き上がったように思う。平高が、守屋が、丸野一樹が、満面の笑みで駆け出す。向かった先は、遠藤が凱旋する試運転用の係留所。3人はとびきりのバンザイをして、歴史に名を刻んだヒロインを迎えた。

f:id:boatrace-g-report:20220321223012j:plain

 本当に申し訳ないけれども、今日ばかりは他の5人に目を向けることがあまりできなかった。堅い表情の秦英悟、一点を見つめながら返納作業をしている上條暢嵩、複雑な思いがあるようにも見えながらも丁寧に報道陣に応える毒島誠、淡々と引き上げていく中島孝平。視界には入ってきながらも、意識はどうしても遠藤に向かってしまうのだった。

f:id:boatrace-g-report:20220321223055j:plain

 唯一、緑のカポックのまま、JLCのインタビューを受ける遠藤を祝福に駆け付けた前田将太だけは、はっきりと意識に残った。同期の仲間が果たした快挙を、敗れた悔しさをそっちのけで称えたのだ。もしかしたら、ボートレース史上初の偉業を同期の仲間が成し遂げたことは、悔しさを吹き飛ばしたかもしれない。それくらい、遠藤のSG制覇はとてつもないことなのだ。それでも、ハイタッチを交わして引き上げながら、小さく溜息をついたことを僕は見逃さなかったのだけれど。

f:id:boatrace-g-report:20220321223155j:plain

 少なくとも、遠目には涙は見えなかった。JLCインタビュー等では涙を見せたそうだが、遠目には遠藤はひたすら笑顔だった。ウィニングランから戻ってきたときも、遠藤は嬉しそうに目を細めるばかりだった。雨はなお、強く水面を打ちつけていたけれども、遠藤の瞳はただただ歓喜をたたえているのだった。

f:id:boatrace-g-report:20220321223222j:plain

 ピットの隅で、臨時の会見が囲み取材のかたちで行なわれている。その輪の中心に立った遠藤を見ながら、僕は「こんなに凛々しかったっけ……」と目を見張っていた。コロナ禍となってから、ピットで見かける遠藤は(遠藤だけではないが)ほぼマスク姿である。レース直後以外は、顔の、表情のすべてを目にすることはほぼなくなった。だから、そんなふうに見えたのだろうか。いや、この凛々しさは、何かを成し遂げてみせた勇者の凛々しさだ。それは男子とか女子とか関係ない、まごうことなき新たなるSGチャンピオンの凛々しさだ。そう思ったとき、遠藤は獲るべくして獲ったのだと悟った。たしかにこれは新たな歴史を刻む勝利だったけれども、そういう付加価値とは別の次元で、遠藤エミはSGウィナーになるべくしてなったのだと、僕は思えて仕方なかったのだ。
 この瞬間に立ち会えた幸せに、感謝します。遠藤エミ、今日は本当におめでとう!

f:id:boatrace-g-report:20220321223248j:plain

 で、いきなりトーンが変わりますが、SG初優勝ということでもちろん水神祭です!
 すべての行事を終えた21時30分頃、まだまだ雨が降り続くなか、同支部の丸野一樹、同期の前田将太、女子の平高奈菜&守屋美穂の手で、遠藤エミは水面に思い切り放り投げられました! もう、みんな笑顔! 笑み! エミ!

f:id:boatrace-g-report:20220321223314j:plain

 遠藤につづいて、丸野、前田、守屋と飛び込んで、あれれ、奈菜ちゃん、飛び込まないのーっ!? 寒くてムリー、とか言いながら、全員のスリッパを用意したり、拍手を送り続けるなど、甲斐甲斐しく盛り上げておりました。
 いやー、ついに女子選手がSGで水神祭をする場面を目撃できました。とにもかくにも、最大級のおめでとう!(PHOTO/中尾茂幸 池上一摩 TEXT/黒須田)