BOAT RACE ビッグレース現場レポート

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THEピット――痺れるふたり

 9Rを逃げた今垣光太郎を出迎えた松井繁。モーターを架台に乗せながら、松井が笑顔で今垣に語りかけた。ヘルメットをかぶっているので、どんな会話だったのかはまったくわからないのだが、今垣が軽く首を動かしながら松井に熱心に話しかけ、松井は笑顔でそれに返していく。和やかな会話は1分ほど続いて、松井が架台を整備室へと運んで行ったのだった。

 少し前の頃には、今垣と松井の絡みというのはそれほど多く見かけなかった。ともに近畿地区で、1期違いの同世代であるが、会話を交わすような場面を見た記憶があまりないのだ。別に仲がいいとか悪いとかではなく、大阪といえば大挙参戦、逆に福井は少数精鋭という節が多かったから、いきおい松井のほうは大阪勢との絡みを見る機会が多くなる。今節は大阪は意外や3名のみで福井も1名。石野貴之が次の10R出走だったりもしたから、なお二人の会話が成立しやすかったのだろう。もう30年も記念戦線でともに顔を合わせてきた両雄だ。戦友という感覚だってきっとお互いにあるだろう。そんな二人が、SGではすっかり古株になって、こうして語り合う。なんだかつくづく感慨深いのである。きっとお互いにしかわかり合えない感覚や感情もあるだろうと思えば、その絡みはひたすら重く、シブい。見入ってしまうというものである。

 ところで、10R2着の石野貴之のエンジン吊りには当然、後輩の山崎郡が参加したわけだが、モーターが乗った架台の取っ手を持ちながら、山崎が石野に尋ねたのである。
「直しときます?」
 えっ、石野のモーターがちょっとおかしくなっていて、山崎が整備して直しとくってこと? それ、ダメでしょ。
 石野の答えは「いや、置いといて」。そりゃそうです。直すのなら自分でやるし、やらなきゃならない規則です。

 というわけで、記者席に帰ってきて関西生まれの池上カメラマンに確認したわけです。そう、関西のほうでは「片付ける」とか「もとに戻しておく」ことを直すって言うそうですね。つまり山崎は「モーターを格納しておきますか(格納庫に戻しておきますか)」と尋ね、石野はおそらく点検などもしたいから「そのまま置いといて」と返したわけですね。関東人のワタシとしては、一瞬ギョッとしたわけですが、全国から選手が集結するボートレースらしい一幕、ってことですかね。

 ところで、ふたたび松井繁なのだが、今回のJLC勝利者インタビューのブースの近くに屋外のペラ調整所があって、王者はここでペラを叩いている。ほかに調整室もあるのだが、松井は屋外のほうの“住人”となっているのだ。ただ、ここはなにしろ屋外なので、モニターなどは置かれていない。レースを観戦しようと思ったら、いちばん近いのは勝利者インタビューブースにあるモニター。松井はギリギリまでペラを叩いて、ダッシュ勢がレバーを握った音を聞いたあたりで、急いでそのブースまでやって来て、レースを見ているのである。
 僕もそこで見ていて、他にいるのはJLC中継の若いスタッフさん。そこに王者がやってくるのだから、その瞬間に空気がピリリンとするわけなのである。なんか、「おっ、まくった!」とか声をあげてはいけないような雰囲気。一瞬にして若者たちの背筋を伸ばす松井繁。さすがの王者である。

 10R、そこにやって来たのは、やはり屋外調整所の“住人”である倉持莉々。というか、僕は正直、途中まで気づいていなかったのだ。というのも、モニターの前にどんと構えて立つのではなく、スタッフさんたちと肩を並べて立っていたので、その場にすっかり馴染んでいたのだ。たぶんモニターを斜めの角度から見ることになっていたはずで、選手なんだからモニターの真ん前に立ちはだかったっていいのに、遠慮がちにその輪に加わっていた倉持。それはそれで莉々ちゃんの穏やかな人柄が伝わってきて、なんだかほっこりしたのでありました。明日からはもっと偉そうに見てても大丈夫ですよ、莉々ちゃん。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)