BOAT RACE ビッグレース現場レポート

BOAT RACE ビッグレースの現場から、精鋭ライター達が最新のレポートをお届けします。

THEピット――細やかな作業

 桐生順平が地面に這いつくばっていた。と書くと異常事態があったかのようだが、そうではない。桐生はそうして、ボートの底部を覗き込んでいたのだ。おそらくはモーターの取り付けを確認していた。バランスよく取り付けられているのかどうか、這いつくばるような態勢でじーっと見つめていたのだ。すくっと立ち上がった桐生は、さらに二、三歩後ずさりして、ふたたび地面に這いつくばる。水面と同じようにピットも幅員が狭いのが戸田の特徴、後ずさりしたら桐生の身体はなんと整備室内に入ってしまったのであった。

 その様子を見ていた長嶋万記が苦笑。もちろん、そこまで精緻にこだわる桐生に感服もしていたはずだが、しかし整備室に入ってまで這いつくばっていた有様が可笑しかったのだろう。その行動自体はまさにプロの振る舞いなのは間違いないが、たしかに「そこまでやる!?」と傍目からは見えたとしても不思議ではない。そう、そこまでやるのだ、桐生順平は。あの超絶ターンはこうした細やかな確認が下支えしている。どうやら異常はなかったようで、桐生は次の作業に移っていったのであった。

 馬場貴也はリードバルブの調整をしていた。リードバルブは吸気に関わる部品で、この効率が悪いと爆発力に影響し、パワーを引き出せない。多くの選手がこの調整をしているわけだが、ハッキリ言って、素人から見ると単に羽根がいくつか並んでいるだけで、たぶん2つ3つ並べられていたとしてもその違いはまったくわからないだろう。しかし選手たちは、ここにもおおいにこだわる。ドライバーを使って実に微妙な調整をしていて、その集中力は傍から見ていていつも唸らされる。馬場も一点をじーっと見つめて、手以外は微動だにせずに調整を進めていた。今節はやや厳しい戦況だが、馬場のスーパーターンもこういう細かい作業が可能にしているというわけである。

 もちろん、調整する様子を頻繁に見かけるプロペラ調整も、非常に細かい作業ではある。我々素人にはやっぱり、プロペラの形状の違いなどほぼ見分けることできないが、ほんの微妙な差が推進力に関わってくるのである。前検日に、新開航が強力にペラを叩いていたことを記した。前操者が特殊な形状に仕上げる西田靖で、それを自分の形に叩き変えていたわけだ。これが日を追うごとに、実に細やかな叩き方になっていく。前検日とは正反対、それこそ撫でる程度にハンマーを打ちおろしている瞬間も見かけるくらいだ。その打ち方で形が変わるのだろうかと、訝しくなるほどのソフトタッチ。その積み重ねで、思い描く形に整えていくというわけである。

 土屋智則が、ボートリフト脇に置いてあった自分のボートの前にきびきびと歩み寄っていくシーンがあった。何をするのかと注目していたら、ボートを引っ張って動かし、移動し始めた。整備室の前に差し掛かったので、運び込んでの整備かと思いきや、そのまま通過。ピットの出入口に近いほうに運んで行って、結局いちばん端っこまで移動したのだった。これは何かのこだわり? ちょっとわからなかった。ただ、リフトの脇よりは後方のスペースが広く、作業がしやすそうではある。また、選手があまり行き来する場所ではないので、集中しやすい面もありそうであった。かつて今垣光太郎は好んで係留所のいちばん端っこにボートをつけていて、作業に集中しやすいからだと言っていたことがあった。そういう考えの選手ももちろんいるわけで、もしかしたら土屋も?と思ったりした。どこかのタイミングで、余裕がありそうな土屋を見かけたら聞いてみよう。

 さてさて、1Rで遠藤エミが得意の3コースツケマイを炸裂させた。2連続6着で始まった今節、2連勝で見事な巻き返しである。これで明日の勝負駆けに望みがつながった。というわけで、遠藤はすかさず試運転用の艇番を装着。今日はこの1回乗りだったが、一日じっくりと調整&試運転に取り組む腹積もりのようだ。明日は1号艇が回ってくるはずなので、そのためにも万全を期そうということだろう。どんな細やかな調整を施すことになるのだろうか。(PHOTO/中尾茂幸 TEXT/黒須田)