いやはや、声が出た。
7R、3番手を走っていた平本真之が、
2番手の松井繁を猛追したのだ。差を詰めて、差を詰めて、
3周目で逆転! 今節最若手の男が、
王者を追いかけて抜いてしまったのだ。
記者席で見ていたH記者も中尾カメラマンも大応援団と化すほどの、エキサイティングなレースぶりだった。
ピットにすっ飛んで行って、さっそく拍手を送りましたよ、もちろん。
平本は爽やかに笑って、「ツイてました」と言った。ツキ?
そうじゃないでしょ!
平本によれば、パワーより精神面の充実が
大きな原動力になっているのだという。
当地で行なわれた新鋭王座で切ったフライングの後、
平本は「競るのが楽しくなった。結果的には競り負けたとしても、
充実感を覚えるようになった」という。
あえて翻訳すれば、結果を恐れたりこだわりすぎたりすることなく、
最後まで全力ファイトを繰り広げることの大切さを知った、
ということだろうか。あの王者を逆転できたのだから、
たしかに松井よりパワーでは上であろう。
だが、そんなことよりも精神的な部分が大きい。
それが、今回はこうした結果につながった、というのである。
子供が生まれたこともパワーになったのか、と問うと、
それについては積極的に肯定することはなかった。
それ以上に、ボートレースに対して前向きになっている、
ということらしい。
「前節の若松の宿舎で『モンキーターン』を読み返したんですよ(笑)。それで改めて競艇熱を思い出したというか」。
その熱がある限り、平本は明日からも、いやこの先ずっと、
今日のような素晴らしいパフォーマンスを見せてくれることだろう。
一方、勝ったというのに、なぜか浮かない顔をしていた選手もいる。
中野次郎だ。 10Rを逃げ切って、ピットに戻ってきた中野は
しかし、ボートリフトの上で首をひねっていたのだ。
きれいに逃げたレースだと見えたのに。ゴンロクから脱出し、
巻き返しの機となるような1着に思えたのに。
控室に戻る際、2着に敗れた山崎智也が歩み寄り、
話しながら歩いていたが、智也のほうがずっと笑顔が深い。
中野がこのレースに満足していないのは、明らかだった。
「正直、やられてもおかしくないと思ってたんですよ」
中野がそう言った際、後続の智也と今垣光太郎は
2番手争いをしていたし、最終的に智也を1秒近く離しているし、
レース前の話なのかと思ったが、文脈を考えれば
「後続に逆転されてもおかしくないと思ってた」ということだろう。
「1マークは良かったんですけど、だんだん重たくなっていって。
そっちのほうが気になってたんですよね。良くはなってるんだけど、
もう少し。これにスムーズさがくれば、という感じなのは
わかったんですけど」
1着が嬉しくないわけはないが、
中野はそれよりも先を見据えていたわけだ。
単に結果を喜ぶのではなく、先頭を走っているなかで感じた
次の戦いへの不安のほうを強く意識し、
ピットに戻って来るや首をひねった、ということだ。
つまり、中野は前を向いている。
そんな浮かない気分のなかでも、気軽に話をしてくれて、
最後には「ありがとうございました」と頭を下げてくる次郎。
お礼を言うのはこっちです!
30過ぎても永遠の好青年・次郎の巻き返しを応援するぞ!
その10Rが終わって、まだ数分ほどしか経っていない頃、
3着に敗れた今垣光太郎が着替えを終えて
ピットを猛然と駆け抜けていった。何事!?
その日のレースを終えたあとは、モーター格納のために
選手は必ずピットに姿をあらわすが(12R除く)、
おおむね10分や15分、選手によってはもっと後に、
控室から整備室へと移動している場合が多い。
シャワーを浴びる選手もいるだろうし、
激戦のあとのクールダウンも必要だろう。
かつて赤岩善生は
「レース後って、しばらく休息をとらなければならないほど、疲れているものなんですよ」と言っていたが、
戦いの後というのはそういうものだろう。
だというのに今垣は、おそらく速攻で着替え、
おそらく控室を飛び出して、ピットを全力疾走。
非常事態でもあったのか、と思わされたのだった。
今垣が向かったのは、装着場の奥のほう、
整備室入口近くにある艇修理室で、
レース後のルーティンであるボート磨きをしながら、
艇底を指さしたりしつつ、係の方と話し込んでいた。
接触で傷でもついたか?
徹底的に突き詰めてこだわる今垣らしい光景である。
11Rがまもなく始まろうとする頃、喫煙所で一服していると、
今垣があらわれた。
「いいエンジン引いたのに、ついてないですよ~」と嘆き一発。
青山登さんが「そういうこともあるよ」と慰めの言葉を送った。
ただ、まったく折れる気配を見せない光ちゃん。
「ここまでツキがない分、明日からグーッと上向かないかな。
ピンピンピンしたいなあ。ピンピンピンしたい!」とニコッ。峰竜太につづいて、本日2つめのピンピンピンいただきました!
「あと5本1等獲ったら、優勝ですもんね」と光ちゃん。
たまたま喫煙所にやってきた田村隆信も、
その言葉を耳にしてニッコリと笑っていた。
タバコを灰皿でもみ消すと、ふたたび全力疾走で去っていった
光ちゃん。ツキというのは、
前向きな者に回ってくるのだと僕は思います。
さてさて、予選も折り返し地点を過ぎたわけだが、
もちろん選手たちのパワーアップへの追求心は変わることはない。
ペラ調整所もほぼ満員御礼状態で、さまざまな選手が出入りし、
人口密度を高めている。あっちのほうで歩いている◎◎選手を確認し、ちょいとヨソ見した瞬間に◎◎選手は忍者のように消え、
探して歩くとペラ調整所にいた、なんてことが
たかが2日目の午後だけでも頻繁。
不本意な成績の者は巻き返すべく、
好調な者はさらに上向かせるべく、調整を続けている。
だから、午後のピットは閑散としているようでいて、
空気はずっと動きっぱなしだったと思う。
試運転をする選手も少なくなかった。
横西奏恵と田口節子のナデシココンビも長く試運転を続けていた。
今日は2人とも活躍の一日。
田口は見事なカドまくりで予選5位につけることとなった。
それでも、二人は試運転をやめない。
ペラを叩き、水面に出て、を延々と繰り返し、
ようやくボートを陸に上げたのは11Rが間近に迫った時間帯であった。
中澤和志、須藤博倫の埼玉コンビも、
同じ時間帯まで試運転を続けていた。
こちらは成績がもうひとつの二人、
巻き返しを果たすためにも調整は続く。
今日、中澤和志は1R1回乗りなのだ。
11時前にはレースが終わっている。
それを本日の仕事納めとすることもできる。
だが、中澤は延々と乗り続けて、
時計はもうすぐ午後4時を指す頃まで疾駆したのだ。
もし明日、中澤と須藤が巻き返しを見せたとしたら、
その原動力の一端は、この飽くなき試運転にあったと
考えてもいいだろう。
(PHOTO/中尾茂幸=平本&中澤&須藤 池上一摩=それ以外 TEXT/黒須田)